牧師室より皆様へ          

2020年5月17日

 県内ではコロナウイルの新たな感染者の公表が12日間もなく、何か終息しそうな気配も感じますが、自粛をゆるめた後の反動が気になります。新聞では「第2、第3波対策を」などと書かれていますが、私たちは三密を避ける事、手洗い、マスクの実行に励みたいと思います。とは言っても先日は浜松も30度を越えて今年一番の暑さになりました。マスクをしてウォ-キングをしていると、空気が入らないのと、蒸し暑いのとで、しばらくは「我慢の季節」になりそうです。

           ———- 中間時代から学ぶ ———–

 それにしても教会が礼拝を中止して、各家庭での礼拝を行なうという事は前代未聞です。二千年間に渡って迫害されても礼拝を守り続けてきた教会が自発的に会堂での礼拝を止めたのです。この様な事は今まであったのでしょうか。ひとつ示されたことは中間時代の出来事です。旧約聖書の中で、イスラエルの国はソロモンが死んだ後、国は権力争いで南北に分裂し、最終的に紀元前586年に滅んでしまいました。そして捕囚の民としてバビロニアに連れて行かれました。「バビロニア捕囚」です。

         ———– ピンチをチャンスにした ———–

 彼らは国を失いましたが、民族として存続し続けました。捕囚の身ですから異国の地で神殿を作っての礼拝行為はできません。国があった時にはあんなに信仰から離れて堕落していたのに、今彼らは律法を学ぶことを中心に礼拝をし始めました。神殿がなくても自発的に集まりみことばを学び、神を礼拝しました。このような、律法を学ぶ人々の「集合体」のことをギリシャ語でシナゴ-グ(集い)と呼び、やがてシナゴ-グのことを「会堂」と言うようになりました。彼らはこの会堂を中心にして、土曜日に集まり、そこで律法を学び、民族的な一致を保ちながら捕囚生活をおくりました。ユダヤ地方から集まった人々の事をユダヤ人といい、彼らの宗教がユダヤ教と言われるようになりました。

         ———– 捕囚から解放された ————

 バビロニアでの信仰生活が祝福されたからでしょうか、約50年後、バビロニアはペルシャに滅ぼされ、ペルシャの王クロスによってイスラエル民族は捕囚から解放されました。

       ———- 解放されたユダヤ人が向かった3つの道 ———-

 解放された人々は、次の3つの方向に向かって進みました。

① ユダヤ地方に帰らないで、バビロニアにとどまりました。

② アブラハムの信仰にならって、主を信頼して、世界へと向かって行きました。

③ 故郷ユダヤの地に帰りました。彼らはエルサレムに神殿を再建し、生活を始めました。

そして神殿を再建した後も、捕囚の地で始まった会堂(シナゴ-グ)を、ユダヤ地方のあちらこちらに作りました。このようにして、1つの神殿と多くの会堂による礼拝が並存するようになりました。神殿では動物犠牲の祭儀を行ない、会堂では律法を学びました。

        ————- 今は、世界宣教のチャンスの時 ———–

 以上、旧約聖書には書いてなかったことが、中間時代に始まりました。①ユダヤ教の会堂が作られ、②ユダヤ人の世界への進出③帰還した人々の中から律法学者、パリサイ人が現れました。そして、帰還した人々の子孫からイエス・キリストが誕生されます。

 

 さて国を失ったイスラエルの様に、教会での礼拝が出来なくなった今、私たちはこの時代から何を学び、どのような未来を目指そうとしているのでしょうか?今が、世界宣教の絶好のチャンスかも知れません。